「続・さすらいの一匹狼(65)」

2019-11-07

ADIOS GRINGO(伊・英)「さらばグリンゴ」劇場公開作

監督ジョージ・フィンレー(ジュルジュ・ステガーニ)、脚本ホセ・ルイス・ジェレス、ミケーレ・フィレロ、ジュルジュ・ステガーニ、 撮影フランシスコ・センペレ、音楽ベネデット・ギリア、主演ジュリアーノ・ジェンマ、イブリン・スチュワート、ネロ・パッツォフィーニ、 ピーター・クロス、ロベルト・カマルディエル、マックス・ディーン

カテゴリー(Giuliano Gemma)

これは、「さすらいの一匹狼(66)」とは全く関係なし、日本での配給会社の関係でこの邦題となった。スタッフ、キャストの顔触れをみると、この作品を 「荒野の1ドル銀貨(65)」の続編と称するべきであろう。

かつての旧友から売り付けられた牛が実は盗まれたものであることが判明し、そのいざこざから 本当の持ち主を射殺してしまったカウボーイ、ブレント(ジュリアーノ・ジェンマ)が牛泥棒の汚名をそそぐために旅に出るという物語。

ブレントを騙し て牛を売りつけた主犯のドーソン(ネロ・パッツォフィーニ)は、旅の途中で3人の仲間と、駅馬車に乗っていた女性ルーシー(イブリン・スチュワート) に暴行を加えて荒野に置き去りにしていた。たまたま、瀕死のルーシーを発見したブレントは、彼女を助け、医者に見せるために近くの町に立ち寄る、善意に溢れた医者(ロベルト・カマルディエル)の手当で元気を取り戻すルーシーの願いでブレントは町に留まるが、保安官(ヘスス・ピエンテ)は、ブレ ントに疑いの目を向けてきた。さらに、3人の仲間の一人が、町の実力者クレイトン(ピーター・クロス)の息子であったため、クレイトンは邪魔者であ るブレントを牛泥棒の汚名を着せたまま葬ろうと画策する。法の裁きにのっとって解決しようとする保安官の制止を振り切って町民を煽動したクレイトン は逃亡したブレントと彼を慕うルーシーの後を追跡する。岩場に追い詰められたブレントは、ルーシーを守るため決死の覚悟で、大勢の敵の前に飛び出し ていくのだった。

牛泥棒の真犯人を見つけるという当初の目的が、やがて途中で助けた相手役の女優イブリン・スチュワートを守り、2人で手に手を取って 幸せを築いて行くという方向に転換していくのがこの作品の特徴。途中で見せるガンファイトも当初の目的である汚名の挽回よりも、ルーシーを助ける騎士(ナイト)としてのジェンマに徹している。主人公が、アウトローの賞金稼ぎや殺し屋ではなく、牛を飼って平和な生活を夢見るカウボーイという点も、 マカロニウエスタンの壮絶さとは異質で、ラストも結局は、保安官や医者が連れてきた判事によって救われる。マカロニウエスタンのテーマである目的遂 行のための執念という点から見れば、その目的が“女性を守る”というところがいかにもジェンマらしく、ある意味ではジェンマの個性に合ったマカロニ ウエスタン作品ということができるだろう。

ラストで追い詰められたブレントが見せる早撃ちが“逆行殺法ウルトラ撃ち”とすごいネーミングがなされて いたが、でくのぼうのように飛び出してくる相手をゲームのようにバンバンと撃ち倒すだけでガンプレイとしての迫力はいまひとつ。おまけによく考えると襲いかかって くる敵は、他作品の山賊やならず者とは異なりブレントが悪党だと信じ込まされた善良な町民なのだから、射撃の的のようにバタバタと打ち倒す展開はい かがなものだろうか。

弾が尽き、あわやというときにブレントの無罪を知った保安官が到着してめでたしめでたしという結末も「一匹狼」にしては情けない。 完全に汚名を晴らしたわけではないブレントとルーシーは皆に見送られながら馬車で幸せな未来へ再出発をしていく。マカロニウエスタンの血生臭ささとは 無縁のジェンマのマカロニらしいアメリカ製西部劇の流れを受け継いださわやかさだが、壮絶さや迫力は感じられないままで終わってしまう物足りなさが 残る作品であった。