「荒野のみな殺し(66)」

DEGUEJO(伊)「皆殺しの歌」、DEGUEJO(英)「皆殺しの歌」劇場公開作品

カテゴリー(Giacomo Rossi Stuart)

監督ジョセフ・ウォーレン、脚本セルジオ・ガローネ、ジュゼッペ・バリ、撮影シルバーナ・イポリティ、音楽アレクサンドル・デレベスキー、出演ダン・バディス、ジャコモ・ロッシ・スチュワート、ホセ・トレス、ダニエル・バルガス、リカルド・ガローネ、ジア・アーレン、ロジー・ジセル、ジョン・マックダグラス

マカロニ初期の作品である。しかし、正義の流れ者が無法者を倒す様な単純な展開ではない。主演は「赤い砂の決闘(64)」のジャコモ・ロッシ・スチュワートであるが、この作品の最高の魅力は、悪役。そしてストーリー展開もその悪役の魅力を最大限に発揮できるものになっている。その悪玉ラモンを演じたのが、史劇でヘラクレスも演じている体力派のダン・バディスである。

南北戦争後、南軍の大佐が公金を横領しそれを町の中に隠した。それを知ったのが凶悪な山賊の頭目ラモン(ダン・バディス)。ラモンは、隠された公金の場所を白状させるために大佐を捕らえる。更には、その町の男達を全員捕らえてきて金のありかを白状させるために1人1人拷問にかけている。悪事をはたらくにしてもひとつの町を丸ごとのっとってしまうスケールのでかさが悪役ラモンの真骨頂。そこにやって来たのが、やはりラモンの一味から父を殺されたノーマン(ジャコモ・ロッシ・スュチュワート)、彼はかつて父の部下だったフランク(ダニエル・バルガス)とローガン(ホセ・トレス)、旅の途中で知り合ったウイスキー売り実は情報将校のフォーラン(リカルド・ガローネ)らの手を借りて、女だけとなった町をラモンから守るために立ち上がることになる。

女だけでバリケードを作り、凶暴なラモン一味の襲撃を待ち受ける異様な場面。ラモンの一味は女子供であろうとまったく容赦はしない。バリケードを乗り越え町中になだれ込んだラモン一味は彼女たちの必死の抵抗をものともせず射撃の的のごとくバタバタと撃ち殺していく。女性に対して常に紳士的に接するハリウッド製の西部劇からするととんでもない展開だ。

ノーマンらガンマン達も女性たちをたきつけておきながら、彼女らを守るには頼りない。主人公は捕らわれたクック大佐(ジョン・マックダグラス)を救出する際にロープで手を切ってしまい拳銃が持てないというていたらく。とうとう町の女達は皆殺しにされてしまうのだ。しかし、味方のガンマンの奮戦や女性達の窮鼠猫を咬むの抵抗で、ラモン一味もほとんど殺されてしまう。まさに荒野のみな殺し。

しかし、この作品の本当の面白さはこれから。残った味方のガンマンたちをラモンが1人1人倒していくのである。主人公が残った敵を1人1人倒す筋とは全く逆のパターン。多くのマカロニ作品の中でも初めてといって良い凄まじい展開だ。しかも、悪玉であるラモンの戦い方は背中から撃つ、丸腰の相手を撃つなど朝飯前。良心とか道義とかかけらも持ち合わせていない悪玉の凄みが、金のためには手段を選ばぬ悪の凄まじさをことさらに浮かび上がらせる。マカロニウエスタンはこうでなくてはいけない。

ラモンの凄みを表現するシーンを2つ紹介しよう。奮戦するフランクの銃を弾き飛ばしたラモンは薄ら笑いを浮かべながら歩み寄る。死を覚悟したフランクだったが、ここでラモンは思いがけないフェアプレーを見せる。自分の銃をホルスターに入れると両拳を構える。正々堂々と殴り合いで勝負をつけようという構えだ。ラモンのパンチが1発2発とフランクの顔に炸裂する。それならばと反撃を開始したパンチがラモンに炸裂した。その瞬間ラモンの顔色が変わる。いきなり銃を引き抜くと丸腰の相手の腹にピタリと銃口を押し当ててありったけの弾丸をぶち込む。何事もなかったかのようにラモンは死体を後に悠然と去っていく。

町中を皆殺しにして大金を手に入れたラモン。残ったのは手下たった1人。廃墟と化した町に2人の哄笑が響き渡る。高笑いをしながらラモンはおもむろに拳銃を抜くと、弾丸を手下に目がけて発射する。金のためなら身内だろうがなんだろうが平気で殺すのがこの男なのだ。ただ1人彼は鞍に金の袋を縛り付け、数知れない死体を尻目に町を立ち去ろうとする。正にラモンを演じるダン・バディスの独壇場。この映画の主役は断じて彼だ。

こうなってくると、だれがこの凄まじい男を倒すのかという点に興味が絞られてくる。むしの息で倒れ伏しながらも最後の力をふりしぼる元ラモンの情婦か?すべてを失い悲しみをライフルに込める老婆か?母を殺された少年か?それとも何の役にも立たない頼りない主人公ノーマンか?残された希望の1つ1つがこれまたラモンによって1つ1つ消されていく展開も目を離せない面白さだ。結末はどうでも良い。ただ悪玉の迫力に圧倒され続ける1時間半だ。