「ミネソタ無頼(64)」

2019-12-18

MINNESOTA CLAY(伊)「ミネソタ・クレイ」、MINNESOTA CLAY(英)「ミネソタ・クレイ」劇場公開作品

カテゴリー( Cameron Mitchell)

監督セルジオ・コルブッチ、脚本アドリアーノ・ボルゾーニ、セルジオ・コルブッチ、撮影ホセ・アグアーヨ、音楽ピエロ・ピッチョーニ、出演キャメロン・ミッチェル、ジョルジュ・リベール、ディアナ・マーティン、エステル・ロホ、フェルナンド・サンチョ

壮絶で血みどろの戦う男の執念を描き出すセルジオ・コルブッチ監督。比較的初期の作品であるこの作品も例に漏れず復讐のために命を賭けた男を描いている。公開当時のポスターでは、主人公の目が見えなくなるという設定を強調して西部の座頭市という宣伝がなされていた。確かに主人公の失明という設定が最後の対決を緊張感あふれるものにしていたのは事実だが、それにも増してこの作品の特徴といえるのは、主人公が自分の家族に注ぐ愛情が強く描かれている点である。クールでドライな面が強調されがちなマカロニウエスタンだが、家族を大切にするイタリア人の気質からか、家族愛が根底に流れているマカロニは比較的多い。中でも本作品と「新・荒野の用心棒(68)」が双璧であろうか。

ストーリーは、「荒野の用心棒(64)」「続・荒野の用心棒(66)」と同じく、2つの無法者集団が対立する町に現れた主人公ミネソタ・クレイ(キャメロン・ミッチェル)が両者を壊滅させる展開である。ただし、脱獄囚であるクレイの唯一の目的は金を手に入れることではなく、自らを無実の罪に陥れ妻の命を奪った張本人である一方のグループのボス、フォックス(ジョルジュ・リベール)に対する復讐である。

長い牢獄での生活で眼病に犯されていた彼だったが復讐心に燃えて決死の脱獄を敢行する。故郷の町に帰って来たクレイは一人の可憐な娘に出会う。ナンシー(ディアナ・マーティン)というその少女は亡きクレイの妻と瓜ふたつであった。我が子の成長した姿であることを悟ったクレイはナンシーに妻の形見である半分に切ったメダルをプレゼントする。同じ半分のメダルをもっていたナンシーはいぶかしがりながらも2つのメダルをアクセサリーとしてつけた。ナンシーの手首でメダルは触れ合ってすずやかな音を立てるのだった。

仇とねらう宿敵フォックスは町の実力者となり、腕利きの5人の手下を引き連れてクレイを待ち受ける。この時点で既に盲目となっていたクレイにとってフォックスと決着をつけるためには夜が明ける前の闇の中で勝負をつけなければならない。戦う男の執念を描くマカロニウエスタン、特にコルブッチ作品において圧倒的不利な状況での対決は不可欠の状況設定であるが、この闇の中での対決は独特の緊迫感をもった名決闘シーンである。待ち構える5人の手下を暗がりにおびき寄せて、クレイはひとりずつ倒して行く。撃鉄を起こす音、コルク栓を抜く音、足音、銃声など、すべての 音が目の見えないクレイにとって手掛かりとなった。残るはフォックスただ一人。

しかし、クレイの身を案じてやって来たナンシーを拉致したフォックスは、闇に潜むクレイの方向に向かって歩いていくことを命令する。ナンシーをフォックスだと思い込んだクレイは、足音の方向にねらいを定める。後方の給水塔の上からほくそ笑んでその状況を冷ややかに見つめるフォックス。クレイの指がトリガーを引こうと緊張感が最高に高まった瞬間、ナンシーの手首であのメダルが音を立てた。同時に給水塔の上から響く撃鉄の響き。瞬時にクレイの拳銃は給水塔に向かって続けざまに発射されるのである。

しかし、クレイも激しい銃撃戦で致命傷を受けていた。白々と夜が明け始めた暁の広場でクレイはまな娘の腕に抱かれながら静かに息を引き取っていくのである。何とも見事なこの結末。家族の愛の証しであるメダルが伏線となる心憎さ。この映画は、クレイが生き残り療養して眼病まで治癒するというバージョンも撮影され、DVDでは、このハッピーエンドバージョンが使用されている。しかし、コルブッチ監督の男の美学からみて、この映画にどちらのラストがふさわしいか議論の余地はあるまい。