「情無用のコルト(66)」

ALL’OMBRA DI UNA COLT(伊)「コルトの影の中に」、IN A COLT’S SHADOW(英)「コルトの影の中に」劇場公開作品

カテゴリー( Stephen Forsyte)

監督ジャンニ・グリマルディ、脚本アルド・バルニ、アルド・ルクサルド、撮影ジュリオ・オルタス・プラザ、音楽ニコ・フィデンコ、出演スティーブン・フォーサイス、コンラッド・サンマルティン、フランコ・レッセル、フランキー・リストン、ヘルガ・リネ、アン・シャーマン

日本では無名の俳優による小品であるが、非情の世界に生きる男の孤独を描き、心に残るマカロニウエスタンとなった。しかも、非情な世界を描きながらも「続・荒野の用心棒(66)」や「殺しが静かにやって来る(68)」の持つ陰性の雰囲気ではなく、足を洗って堅気の生活を送ろうとする殺し屋の心情を前向きにとらえ、さわやかなものになっているところが魅力だ。

ストーリーはその主題歌が端的に表している。ニコ・フィデンコの手によるハモニカとコーラスの曲をバックにして男がつぶやく『俺はクワを持って畑を耕し、愛する妻や子供と共に平和に暮らしたい、だが、殺し屋にそれはできない・・・・。』殺し屋稼業の若いスティーブ(スティーブン・フォーサイス)とベテランのデューク(コンラッド・サンマルティン)はコンビで仕事をしている。ガンマンは結婚して人並みの幸せを築くことなどできないということは2人とも承知している。しかし、若いスティーブは今回の大仕事を最後にガンマンの仕事から足を洗う気持ちでいた。デュークの娘スーザン(アン・シャーマン)との平和な暮らしを夢見ていたからだ。しかし、自分がガンマンであることから妻を殺された過去を持つデュークは娘がスティーブと結婚することを許そうとはしない。

馬を歩ませながら、せつない会話を交わす2人の姿から映画は始まる。これまでのマカロニウエスタンのガンマンとは異なり2人ともひげを剃り整え、黒の上下にネクタイという文字どおりプロの殺し屋という風情の新鮮なガンマン像である。今回の大仕事とはメキシコ国境に巣くう山賊掃滅である。雇い主である村人を一旦縛っておいて、自らは強盗を装う。万が一自分達が死んでも雇い主に迷惑をかけないというプロの仕事ぶりがキッチリと描かれている。

仕事は終わった。目的は果たしたもののこの銃撃戦でデュークは肩を負傷する。町に金を届けにいったスティーブは、デュークの分け前を預けると、スーザンを連れて町を去った。平和な暮らしを夢に見、拳銃を土に埋めたスティーブだったが、やはり思惑の通りにはいかなかった。2人が新生活を営もうとする土地を狙って町のボスが色々といやがらせを仕掛けて来るのである。降りかかる火の粉を払うために、戦わざるを得なくなるスティーブであった。

己の過去を隠して悪党達の横暴に必死で耐え、最後に溜めていたエネルギーを爆発させるというのがこうした物語の基本パターンだが、この作品はさにあらず。拳銃を埋めたことなどおかまいなしに敵の銃を奪いながら逆さ撃ち、隠れみの撃ちなどの様々なテクニックを披露してくれるのが痛快。それだけ撃ちまくるのなら、さっさと拳銃を掘り返せば良いのに、と観る者に思わせるのは御愛嬌だ。

しかし、スティーブが本当に拳銃を掘り返さねばならないときが遂にやって来た。スティーブとスーザンの後を追っていたデュークが2人の居所を突き止めたのだ。スティーブに決闘を挑むデューク。2人が殺し合ってもスーザンが悲しむだけと必死で説得するスティーブだったが、デュークは男の誓いで1歩も引こうとはしない。スーザンに内緒で夜明けと共に決闘の場に赴くスティーブ。すでに自らの腕がデュークを凌ぐものであることを知っていたスティーブはコルトのリボルバーから一つおきにカートリッジを抜き取った。これで勝機は5分と5分。宿命の対決は刻々と迫る。

決闘における緊迫感、スピーディなガンアクション、そしてさわやかな幕切れとどれをとっても1級のマカロニウエスタンであった。