「群盗荒野を裂く(66)」

QUIEN SABE?(伊)「いったいなぜ?」、BULLET FOR THE GENERAL(英)「将軍への弾丸」劇場公開作品

カテゴリー(Lou Castel)

監督ダミアノ・ダミアニ、脚本サルバトーレ・ラウラーニ、ダミアーノ・ダミアーニ、撮影アントニオ・セッキ、音楽ルイス・エンリケス・バカロフ、出演ジャン・マリア・ボロンテ、ルー・カステル、クラウス・キンスキー、マルチーヌ・ベズウイック、カルラ・グラビーナ、ジェレミー・フェルナンデス、スパルタコ・コンバルシ

マカロニウエスタンではメキシコ革命を舞台にした作品がひとつのジャンルとして存在する。コルブッチ監督の一連のシリーズやレオーネ監督の「夕陽のギャングたち(70)」などの注目作品が多いが、メキシコ革命ものの傑作としてこの「群盗荒野を裂く」を忘れてはならない。ひとつの目的のために自らの全てを捨てて戦うマカロニウエスタンのヒーロー達。しかし、その目的を本人が意識しないまま、富も命もそして友情も投げ捨てて突き進む主人公が描かれる希有な例である。

主人公の名はチュンチョ(ジャン・マリア・ボロンテ)粗野で教養のない山賊の頭である。彼らの仕事は革命軍の1派としてゲリラ活動をすること。しかし、信義のためではなく報酬のために働いているのである。このチュンチョの一味が、武器を運ぶ列車を襲撃する開幕シーンからこの作品は月並みな出来ではないことを伺わせる。線路に軍の将校が鎖で縛り付けられている。武器を運ぶ列車は当然停車しなければならない。ところが、そこがチュンチョのゲリラ軍からすれば狙い撃ちに絶好の場所なのである。ゲームのように次々と撃ち倒されていく兵士達。縛られている将校を犠牲にすれば大勢の命が助かるのだが、将校も自分を轢いて進めという命令を出す勇気はない。苦悩するのは、列車の責任者である中尉(アルド・サムブレル)だ。将校を犠牲にして列車を進めるためには、自らの命を投げ捨てなければならない。無駄な努力ではあっても列車の下を這って進む中尉に情け無用の銃弾を浴びせるチュンチョ。自らが撃たれて初めて列車を進める命令を出すことができる中尉。ほんの数分の出番だが、このサムブレルは「さすらいのガンマン(67)」のダンカンを演じたときに匹敵する存在感がある。

多くの犠牲を払って進み出した列車だったが、やがてすぐにチュンチョ達の手に落ちることになる。列車に乗り合わせていた若者テイト(ルー・カステル)が機関士を殺して列車を止めたからだ。手錠でつながれ自ら政府から追われるお尋ね者と名乗る彼をチュンチョは信用し、仲間として迎えることになる。しかし、テイトの手錠は彼が自ら繋いだものだった。彼の本当の狙いは何か?映画はその謎解きにも興味をつないでいく。列車から大量の武器を強奪した彼らは革命軍の指導者エリアスにその武器を売り付ける旅に出発する。ところが途中で圧政から解放されたサンミゲルの町に立ち寄ったチュンチョ一味は住民から熱烈な歓迎を受け、しばらく滞在することにした。町と住民に情が移っていくチュンチョに対しテイトは盛んに出発を勧める。町を守る責任を感じて1度は出発を断ったチュンチョだが弟のサント(クラウス・キンスキー)を残して、結局、機関銃を持ち逃げした仲間の後を追うという理由で旅立つのだった。

テイトをはじめとする仲間達と革命軍の本拠地に向けて再開される苛酷な旅。政府軍との銃撃戦で部下を失った上、エリアス(ジェレミー・フェルナンデス)の使いが殺されたため交渉も成立せず、チュンチョとテイトはたった2人で革命軍の本拠地に向かうことになる。このあたりからテイトの狙いが観る者には少しずつのみこめて来る。チュンチョがサンミゲルに戻らないように、そして、途中でエリアスとの交渉が成立しないように様々な小細工を弄するテイト。彼はチュンチョを利用してエリアスの側に近づこうとしているのだ。しかし、純粋なチュンチョは心底テイトを信用して、疑うことをしない。旅の途中でマラリヤに感染して高熱を出したテイトに対してもチュンチョは彼なりの無骨なやりかたで献身的に看病する。そんなチュンチョにテイトは、もしはぐれたときは、市内の高級ホテルで落ち合おうという約束を取り交わす。このときは、何のことだか意味が理解できなかったチュンチョにもその理由が分かるときがやってきた。テイトは革命軍の最高指導者エリアスを狙う殺し屋だったのである。

テイトがエリアスを狙うクライマックスシーンもただでは終わらせない。サンミゲルの町が政府軍によって皆殺しにされた報告を受けていたエリアスは、武器の代金をいそいそと受け取りに来たチュンチョを卑怯者とののしり死刑を命ずる。死刑執行人は命からがら脱出していた弟のサントだ。エリアスを狙うテイトと、チュンチョの処刑とが時間的に重なり緊張感を盛り上げる。エリアスは暗殺されチュンチョもテイトによって救われる。しかし、自分を裏切ったテイトをチュンチョが許すはずがない。約束のホテルでテイトを待ち受けるチュンチョ。しかし、そこでチュンチョを待っていたのは、大金にものをいわせたテイトの歓迎だった。とまどいながらもチュンチョは思いがけない展開を自分なりに受け入れようとする。テイトと共に汽車でアメリカに旅立つ日、チュンチョはキップを買うために並んでいたメキシコ人達をテイトが押しのける姿を見る。すべてが順調に進んだテイトは、汽車に乗り合わせたことも、チュンチョの仲間になったことも全て自分の作戦であったことを得意げに語るのである。素直にうなずきながら聞いていたチュンチョがおもむろに拳銃を取り出す。驚くテイトに向かって「殺すのは惜しい」とつぶやきながら銃弾を続けざまに撃ち込む。友情も富も結局は粗野な山賊が抱くささやかな信念の前に無力であったのだ。

出演者の個性が、演じる役柄にピッタリであることも見逃せない。何と言ってもチュンチョを演じるジャン・マリア・ボロンテの演技が秀逸。睾丸をせりあげて歩く粗野な動作や、シャンペンをがぶ飲みして口から泡を吹き出すなど画面の端に映し出される動きまで粗野な山賊になりきっている。それでいて、仲間になろうとするテイトの細かな動きにまで気を配る鋭さも見せる。ボロンテの演技力無くしては本作もただの殺し屋と山賊の小競り合い程度の作品に終わったことだろう。

一方、テイトを演じるルー・カステルも「殺して祈れ(67)」のように無理して髭面のガンマンを演じるのではなく、野心に燃えるスマートな若き殺し屋を自然に演じ、クラウス・キンスキーに至っては正義を信じるあまりに狂気性を帯びた弟役をこれもまた見事に演じている。マカロニウエスタンというジャンルを越えても高い評価を受けてしかるべき傑作であることを断言できる。