「暁の用心棒(66)」

UN DOLLARO TRA I DENTI(伊) 「歯にくわえた1ドル」, STRANGER IN TOWN(英)「無法街の流れ者」劇場公開作品

カテゴリー(Tony Anthony)

監督バンス・ルイス(ルイジ・ベンツィ)、脚本ジュゼッペ・マンジョーネ、ウォーレン・ガーフィールド、撮影マルチェロ・マシオッキ、音楽ベネデット・ギリア、主演トニー・アンソニー、フランク・ウォルフ、ジア・サンドリ、ヨランダ・モディオ、アルド・ベルチ、ラフ・バルダサーレ

マカロニウエスタンの撃ち合いというのは、こんなところに魅力があるのだ、ということをまざまざと見せてくれた快作。ストーリーは単純そのもの、この映画は、工夫を凝らした撃ち合いのシーンを楽しむためにある。

廃墟のような町にふらりと現れたよそ者(トニー・アンソニー)は、山賊団のアギラ(フランク・ウォルフ)一味がメキシコ軍に化けて公金を強奪する計画を立てている現場に出くわす。口八丁手八丁で一味に協力する話を持ちかけた流れ者のはたらきで公金を奪うことに成功するが、アギラは、分け前をよこさず流れ者を金貨1枚で叩き出そうとした。これからは、アギラ一味と流れ者との金の奪い合い。奪ったと思えば人質を取られて奪い返され、それをまた取り戻しに行けば罠をかけられてリンチを食らうといった展開。やっとのことで逃げ出した流れ者は追ってきたアギラ一味を暁の広場で待ち受け1人1人倒して行く。

本作品の価値はこのシーンにすべて集約されている。流れ者が使うのはスラッグス弾を撃ち出す水平2連のショットガン。連発が利かない銃だけに他のマカロニウエスタン作品には欠かせないコルトのファニングができない。つまり、束にしてやっつけてしまうことはできない。それが、逆に1人ずつ倒さなければならない必然性を生み、緊迫感溢れる対決のシーンとなっていった。山賊の手下達を倒す方法が面白い。壁の端から端までの歩数を数え、相手の足音に合わせて自分も歩きながら、角の出合い頭に撃つ。床下に隠れて酒場のドアを開き、相手がこちらに来たところを床から突き出したショットガンで射殺する。トロッコの下から隠れている相手の足を撃ち、飛び出して来たところにとどめをさす。などのガンプレイも工夫を凝らしたものばかり、静かな撃ち合いの面白さを満喫できる。1人倒すごとにベネデット・ギリア作曲の「よそ者のテーマ」が高らかに鳴り響くのも格好良い。

バックシューター(卑怯者)としてこのやり方は米国製の西部劇ファンからは嫌われるようだ。しかし、大勢の相手を敵に回して1人で戦う主人公にとってみれば、勝つために様々な手段を講じるのは当然であろう。「荒野の用心棒(64)」をはじめとして、マカロニウエスタンのヒーロー達はそういったなりふりかまわぬ勝利への執念を見せて生き延びていったのである。もし「殺しが静かにやって来る(68)」のサイレンスが、この作品の流れ者のように、勝つために手段を選ばぬマカロニヒーローとしての姿勢を貫いていれば、ロコから殺されずにすんだかもしれないのだ。

最後に残ったのはボスのアギラただ1人。彼は広場の見通しのきく場所に愛用の機関銃をセットし、流れ者の出現を待ち受ける。それに対して流れ者はやっつけた子分の死体を積んだトロッコを1台ずつ、送りつけることで対抗、その中のひとつの陰に潜み、トロッコが横転しざま、飛び降りてアギラの銃を跳ね飛ばす。ラストの決闘は「荒野の用心棒(64)」から良く見られるようになった弾丸をこめての決闘。アギラを倒し、その賞金だけを手にすると、公金は再び現れた軍隊に返し、流れ者は去って行く。

ラスト、公金すべてをさらって立ち去ろうとするところに軍隊が到着したために、賞金稼ぎに転身するあたりもちゃっかりしていて楽しい。トニー・アンソニーの何を考えているかわからないとぼけた無表情が、金を手に入れるための執念を描き出すのに逆に役立っていたようだ。マカロニウエスタンのエッセンスを抽出した切 れ味の鋭い作品だ。