「沈黙の流れ者(69)」

LO STRANIERO DI SILENZIO(伊)「沈黙の流れ者」、STRANGER IN JAPAN(英)「よそ者日本へ行く」劇場未公開

カテゴリー(Tony Anthony)

監督バンス・ルイス、脚本ビンセンソ・セラミ、ジャンカルロ・フェルナンド、撮影マリオ・カプリオッティ、音楽ステルビオ・チプリアーニ、主演トニー・アンソニー、ロイド・バティスタ、ウイリアム・コンロイ、ラフ・バルダサーレ、村田リタ、大前均、大原けんじ、北原英三、佐藤京一

英題名「ストレンジャー・イン・ジャパン」我々日本人にとって何よりも興味をひく作品だろう。題名通り、「暁の用心棒(66)」の流れ者(トニー・アンソニー)が日本にやって来て、侍や野武士と一戦交えるという大珍品だ。瀕死の日本人青年から託された巻物を渡すためにはるばる海を渡った流れ者が、対立する城主本居(北原英三)と、その甥である小平太(大前均)率いる野武士軍団の争いに巻き込まれるストーリー。両方のグループの対立をあおりながら金儲けを企む展開は「用心棒」がモチーフになっている。

床の間から屋根の上まで縦横に動き回りながら襲って来る敵を1人1人倒していく雨中の対決、夜明けのすすき野原での拳銃とガトリングガンの決闘、など日本独特の風景を舞台としながら、マカロニウエスタンとしての見せ場がふんだんに用意されている。「七人の侍」を意識してか、どしゃぶりの雨の中での乱戦シーンが目につくがそれが、独特のワイルドな世界を構築している。中でも、小平太率いる野武士の一団が大雨の中、村人から金を巻き上げるシーンは秀逸。脅える村人の描写、泥水を蹴立てて襲いかかる野武士、そして瞬時に火を吐く流れ者の拳銃など、その画面構成だけでも一見の価値がある。

大前均とその部下佐藤を演じる佐藤京一の、坊主頭に無精ひげという巨漢コンビの迫力は、マカロニウエスタンの極悪人たちに比較しても全く見劣りしない。時代劇をマカロニウエスタンとして表現するとこうなるということがありありと分かる映像だ。また、流れ者の使う銃が、屋敷の床の間からくすねて来た先込銃であるため、弾丸の装填まで10秒かかり、時によっては不発というハンディが刀対銃の対決にも緊迫感を与えている。最後は小平太と政略結婚されかけていた少女、お歌多姫(村田リタ)に見送られながらすすき野原を愛馬に乗って駆け抜けて行くシーン。そこにステルビオ・チプリアーニのこれ以上ないと言えるほど場面を盛り上げるテーマ音楽が重なる。マカロニ音楽と時代劇の風景との見事な融合を成し遂げた素晴らしいシーンだ。

マカロニが製作されていた1960年代の映画に登場する日本と言えば我々にとって顔をしかめたくなるような類いのものがほとんどであった。この作品も、武家の一団と野武士の一団が対等の立場で対立していたり、おかまの小姓や、くのいちの襲撃、入れ墨のシーンなどが取り立てて挿入されていたりと、首をひねる場面もある。しかし、マカロニウエスタン自体が歴史的な時代背景などにとらわれないバイオレンスとアクションを展開するための独自の世界で繰り広げられる物語であることを考えると、こうした日本観のちょっとした相違を非難してもはじまらない。些細な問題は別にして、西部劇の枠を越えて海外に飛び出してきた制作者の英断に拍手を送りたい。

マカロニウエスタンの中にはインカ帝国やスペインの王朝など他の文化圏を舞台としたものがいくつか存在する(それでも、ウエスタンと呼ぶところが楽しい)。しかし、最も違和感なく見られたのは本作品だった。時代劇の雰囲気はそのままマカロニウエスタンにつながり、我々日本人とマカロニウエスタンの関わりの深さを証明してくれた作品として高く評価できる作品だ。何とか日本公開を実現してもらえないものだろうか。