「聖なる拳銃を納めたまえ(72)」

POSATE LE PISTOLE REVERENDO(伊)「聖なる拳銃を収めたまえ」、PISTOL PACKIN’PREACHER(英)「拳銃を納めた神父」劇場未公開

カテゴリー(Mark Damon)

監督レオポルド・サボーナ、脚本ノルベルト・ブラケ、レオポルド・サボーナ、撮影ロマノ・サボリーニ、音楽カリオラノ・ゴーリ、出演マーク・ダモン、ピエトロ・セカレッリ、ベロニカ・コロシア、フロランナ・デ・ベルナルド、リチャード・メルビル、ロザリオ・ボレリ、

「リンゴ・キッド(66)」や「皆殺し無頼(66)」のさっそうとしたマーク・ダモンを知る者からすれば、マカロニの衰退期に彼が出演したコメディ作品群は彼のイメージをダウンさせるだけの意味しかない。この作品もダモンが女装したり、誤って自分の足の指を撃ってしまったりと散々なあり様。

南軍くずれのお調子者スリム(マーク・ダモン)、はたまたま出会った二人の娘を連れた開拓者のやもめ男ジェレマイヤ(ピエトロ・セカレッリ)に神父の扮装をさせて、奇跡を呼ぶ神父として詐欺行脚をはたらかせることにする。戦争で負傷し歩けなくなった兵士にスリムが扮し、ジェレマイヤの祈りで歩けるようになったところを見せるという他愛もない詐欺に町民たちはまんまと騙され、ジェレマイヤは、荒れ果てた町の教会の司祭に祭り上げられる。この機を生かして、スリムとジェレマイヤは、町のボスである銀行家ソルベイ(ロザリオ・ボレリ)の蓄えた金を巻き上げることを画策し始める。

ラストは、このタイプの作品の定石通り、手に入れた金を神父の起こした軌跡として町に寄付しなければならない羽目になるというオチ。撃ち合うシーンは全くなく、マカロニの何たるかという本質を見失った作品だ。同じサボーナ監督の「皆殺しのガンファイター(70)」と比べることもできない。ただダモン演じるスリムが着用しているサスペンダーは「VADO,VEDO E SPARO(68)」でアントニオ・サバトが使用していたものと同じく、弾帯を兼ねている面白い作りで目を引く.