「荒野の墓標(67)」

DOVE SI SPARTA DI PIU(伊)「なぜ殺し合うのか」、FURY OF JOHNNY KID(英)「ジョニー・キッドの怒り」劇場公開作品

カテゴリー( Peter Lee Lawrence)

監督ジャンニ・プッチーニ、脚本ブルーノ・バラッティ、マリア・デル・カラメル・M・ロマン、撮影マリオ・マントーリ、音楽ジーノ・ペグリ、出演ピーター・リー・ローレンス、クリスチィーナ・カルボ、ピーター・マーテル、アンドレス・メフート、ピエロ・ルッリ、マリア・クラドラ

ピーター・リー・ローレンスのもつ個性は若さがもたらす純粋さだ。その純粋さが青春のいらだちとなり破滅に向かってつきすすむ若者の姿として表された作品が「つむじ風のキッド(67)」であるならば、純粋さがひたむきな誠実さとして転化していく若者像を演じたのがこの作品だ。

メキシコ国境近くの土地をめぐって対立するメキシコ人一家カンボス家と白人の開拓者一家マウンター家。両家は憎しみ合い殺し合いを重ねていた。ところがマウンターの末息子ジョニー(ピーター・リー・ローレンス)が、メキシコ人側の娘ジュリエッタ(クリスチィーナ・カルボ)に出会い2人は深く愛し合うようになる。ジョニーは流れ者のレフティ(アンドレス・メフート)の手ほどきを受けて、拳銃の腕前を上げていたが、ジュリエットのことを想い、拳銃を封印することを誓う。

しかし、ジョニーに密かに思いを寄せていた酒場女のロザリンド(マリア・クラドラ)が嫉妬心から二人の仲をカンボス家の長兄ロドリゴ(ピーター・マーテル)に密告してしまう。ジョニーを亡きものにしようと挑発するロドリゴだったが、ジョニーは拳銃を抜かない。しかし、巻き添えを食ってレフティが殺されるに及んでついにジョニーの拳銃が火を吹いた。

この展開からわかる通り、「ロミオとジュリエット」の舞台をそのまま西部劇に移し変えた物語である。この後も「ロミオとジュリエット」と同じストーリーで進む。男臭さとワイルドさが売り物のマカロニウエスタンの中でこうした恋愛を主軸にした物語はミスマッチのような気がするが、これがけっこうマカロニの雰囲気にうまく溶け込んでいる。原作でもロミオとティボルトの決闘シーンがあるように、対立する2つの一家をめぐっての撃ち合いの場面には事欠かないし、運命に翻弄される2人の描き方も悲愴感と壮絶さを漂わせている。

特に面白いのはラスト。それまでは、原作に沿って進んでいた物語が急展開して、両家入り乱れての大銃撃戦に突入するのだ。必死で争いをやめさせようとする2人の恋人たちに家族は耳を傾けようとはしない。しかし、カンボス家からこんな声が上がる「おい、この2人を見ろ、こんなに好き合っているならここらで無駄な争いをやめて2人の思いを遂げさせてやるか。」争っていた両方の集団から銃声が止み、沈黙が訪れる。漂い始める平和のムード。次の瞬間、そう言っていた兄が叫ぶ「てなことを誰が言うものか。」敵陣に向かって凄まじい乱射。再び開始される銃撃戦。マカロニウエスタンの面目躍如、思わず笑ってしまうシーンだ。

争い続けていた両家の全員が死に絶える壮絶なラスト。結局2人の恋人は、両家全滅の歯止め役とはなれず、2人きりで荒野へ旅立っていく。2人が去った後、生き残りに止めの弾丸を打ち込む謎の黒衣のガンマン。彼が振り向くとその顔はなんとドクロ・死神であった。あまり、話題にはならなかったようだがマカロニウエスタンの本質的な面白さを持った拾い物の1本だ。なお、ピーター・リー・ローレンスとクリスチィーナ・カルボは、この作品がきっかけとなって、正式に結婚したことも話題となった。