「地獄から来たプロガンマン(66)」

SETTE DOLLARI SUL ROSSO(伊) 「殺しのための7ドル」、 SEVEN DOLLARS TO KILL(英)「殺しのための7ドル」劇場公開作品

カテゴリー( Anthony Steffen)

監督アルバート・カーディフ(アルベルト・カルドーネ)、脚本アーニー・フランクリン、メル・コリンズ、ファン・コボス、撮影ホセ・アグアヨ、音楽 フランチェスコ・デ・マージ、出演アンソニー・ステファン、ジェリー・ウイルソン、フェルナンド・サンチョ、ロレダナ・ヌシアク、エリサ・モンテス、スパルタコ・コンバルシ、キャロル・ブラウン、フランコ・ファンタジア

初期のステファン主演作品だが、本作品では息子を探してさすらう父親という老け役を演じている。そのため活発な動きより息子を探し求める男の悲哀というものが強調され、この悲壮感がステファンの個性として定着することになった。ただ、老け役といっても設定だけで、その他の作品とヒーロー全体のスタイルや雰囲気はほとんど変わっていなかったのは御愛嬌だ。

ジョニー・アーシュレイ(アンソニー・ステファン)は、幌馬車のガードマン兼ガイドをしている。長い仕事を終え、家に帰ってみると我が家は山賊一味の襲撃を受けて妻は殺され、赤ん坊だった息子は連れ去られていた。復讐の鬼と化したジョニーは20年もの間、仇の山賊と行方不明の息子を捜し続けるのである。年を経て、気力を失いかけるジョニーだが、ふとしたことから襲撃の主は山賊ジャッカル(フェルナンド・サンチョ)一味であることをつきとめる。ジャッカル一味が町を襲う情報を手に入れたジョニーは、町民と協力してジャッカル一味を全滅させる。しかし、ジャッカルには彼以上に凶暴で恐れられている息子ジェリー(ジェリー・ウイルソン)がいた。ジャッカルの仇を討つために町へ乗り込んできたジェリー。これを迎え討ち、決闘のために往来で向かい合ったジョニーは、ジェリーの後を追ってきたジャッカルの妻ロザリア(キャロル・ブラウン)から驚くべき事実を伝えられる。「ジェリーは私の子供ではない、20年前にジャッカルがさらってきた赤ん坊だ。」

雷鳴とどろく雨の中で実の父と子は、命を掛けた決闘に臨むのだった。この作品で光っていたのは、ジョニーの息子を演じるジェリー・ウイルソン。山賊の息子として育てられた不良少年を格好良く演じてみせた。ジェリーは雷が鳴り響く中で静かにうつむいたまま、育ての親であるジャッカルが殺されたという知らせを聞く。下を向いたままおもむろに拳銃を抜き地面に向けて乱射、顔を挙げた瞳に浮かぶ涙。マカロニウエスタンの魅力が全開になるシーンだ。作品の中で数え切れない程殺されたフェルナンド・サンチョだがその死 に涙してくれた人が現れたのはこの作品と「二匹の流れ星(ただし、この作品で流された涙は敵を欺くためだったようだ。)」ぐらいだろう。サンチョ氏も成仏できたに違いない。

傑作になり得るストーリーの流れなのだが、いかんせんアルベルト・カルドーネは、本作の監督としては力不足。素晴らしい場面の合間に、どうでもよいエピソードが脈絡もなく挿入されて全体の流れを壊してしまっている。さらには、主人公たちの個性が定まっておらず、ふらふらと揺らいでしまっていることも問題だ。主人公のジョニーにしても、窓をぶち割って部屋に飛び込みざま悪党たちをなぎ倒す格好良さを見せたと思えば、本編とは関わりのない小悪党たちとの殴り合いで苦戦するなど、頼りない。

息子のジェリーも、ジョニーの危機を救ったり、ジャッカルの死に涙したりと人情味のある所をみせたかと思えば、恋人であるはずのシビル(エリサ・モンテス)に計画を聞かれたからとあっさり射殺したり、育ての母親である、義母ロザリアをことのついでに撃ち殺したり、必然性もなく大切な人々を殺していく。これでは、せっかくのラストの対決もジェリーに感情移入できない。せっかく育ての父親の死に涙する個性を与えたのだから、準主役として、もっと豊かな人間性をもったキャラとして描いてほしかった。