マカロニウェスタン大全 「ミスターノーボディ」 1973

2021-04-22

IL MIO NOMO E NESSUNO(伊)「俺は名無しの権兵衛」、MY NAME IS NOBODY(英)「俺は名無しの権兵衛」劇場公開作品

カテゴリー(Terence  Hill)

監督トニノ・バレリー、脚本エルネスト・ガスタルディ、撮影ジュゼッペ・ルッツオリーニ、音楽エンニオ・モリコーネ、出演テレンス・ヒル、ヘンリー・フォンダ、ジャン・マルティン、レオ・ゴードン、R・G・アームストロング、ジェフリー・ルイス、ピエロ・ルッリ、マリオ・ブレガ

川の中に腰までつかりながら丸太棒を手にしている男、何を始めるのかと見ているとおもむろに小さな虫をつまみあげて水面にそっと乗せる。ブームが去り、マカロニウエスタンに人々が興味を失ってしまっていた頃、ろうそくの最後のゆらめきのように輝いた本作品で主人公はこんな珍妙な登場をする。やがて、その虫をねらって浮かんできた魚を握った丸太棒で見事にぶん殴って仕留めてしまう名無し(ノーボディ)の主人公。テレンス・ヒル独特の自由でのんびりとした登場シーン だ。

彼が演じる主人公は今回もほとんど人を殺さない。何度か対決の危機にさらされながら拳銃は彼の価値を示すシンボルとして存在するのみである。その代わり、早撃ちの妙技を見せるシーンはなかなか格好良い。馬ももたないその風体をからかわれたとき、肩に担いでいた鞍から手を放すやいなやホルスターから拳銃を引き抜いて戻し、また肩の鞍をつかむというウルトラCを見せる(※勿論、テレンス・ヒルの映画でよく使われるコマ落とし撮影であるが)。また中盤で、殺し屋と一触即発の状況に陥った瞬間、相手の横っ面にビンタをかませて、相手の拳銃を抜いてからまたホルスターへ戻す。ここには主人公のすさまじい実力とともに、その実力故に生み出されるゆとりと優しさが描かれている。

この主人公の優しさがラストのヘンリー・フォンダ演じる老ガンマンジャック・ボーレガードとの対決の瞬間に凝縮されていくのである。つまり、この作品で描かれる優しさは、弱者に向けられるものではなく、自らと同じ苛酷な運命を背負って生き抜いてきた尊敬すべき先輩に対して向けられたものなのだ。ヒルが、もっぱらほのぼのシーンの担当ならば、マカロニウエスタンのマカロニたる部分を受け持っているのがフォンダという印象である。ジャック・ボーレガードの登場は冒頭の床屋でのシーンである。髭をそってもらいながらもフォンダの拳銃はピタリと理髪師の腹に押し当てられている。窓から狙う暗殺者の影、次の瞬間振り向きざまにジャックの拳銃が轟然と火を吐き瞬時に敵を葬り去る。待ってましたと声をかけたくなるようなフォンダの勇姿だ。のんびりした魚取りのシーンがこの直後に続くだけに、観る者に「これはマカロニウエスタンなのだ。」とまず自覚させるのがねらいとすら感じさせる、マカロニの雰囲気満点のオープニングだ。

無敵の老ガンマンであるジャックは長いガンマンとしての生活から足を洗いたいと考えている。しかし、彼をねらう若いガンマンたちがそれを許さない。ガンマンが引退できるのは、決闘に倒れたときのみなのだ。この苛酷さこそマカロニウエスタンの魅力。ジャックの顔に深く刻まれた皺と、時として使用する老眼鏡は、「ウエスタン(68)」出演の時の精悍さではなく、実際の年齢そのままにその道で長年生き続けた男の疲れきった表情を表している。テレンス・ヒルのノーボディはその彼をしつこ くつけねらっている。ほのぼのとしたヒルではあるが彼の目的はあくまでジャックの後を継いで自らが最強の男になること。揚げ句は、自分がジャックを倒す前に彼の名声を更に高めるため、150名もの集団で暴れ回るワイルドバンチを相手に1人で対決する状況に追いこんでしまう。

ここで注目したいのは、ノーボディのファッションやピカピカに磨きあげた鞍などが、ワイルドバンチのスタイルと同一である点だ。ノーボディの過去になにやら秘密めいたものを感じさせるところも面白いつくりだ。地平線の彼方に砂煙を立てながら迫るワイルドバンチの一団。迎え撃つジャックはたった1人で荒野に佇み、強大な敵に立ち向かう。カメラがぐんと下がるに従って両者の姿が同じ画面に収まることで圧倒的に不利な状況が徐々に明確になる。いったいどうやって戦おうというのか。ここにエンニオ・モリコーネのワイルドなテーマ曲が鳴り響き、マカロニウエスタンとして見事な盛り上がりを見せていく。不利な状況でも引くに引けない男の意地。マカロニウエスタンにはなくてはならない状況設定だ。

結局、ワイルドバンチの持っていたダイナマイトを狙い撃つことで、奇跡の勝利を得たジャックはいよいよ“名無し”のヒルとの対決に臨む。この段階でフォンダに感情移入している観客は、どうしてもフォンダには勝たせたい思いを抱いている。しかし、勿論ヒルにも、最強のガンマンの栄冠を勝ち得てもらいたい。いったい勝利するのはどちらなのか。この後、観る者の不安感を吹き払う、カタルシスに満ちたラストが待っている。こうあってほしいという観る者の願い通りに運ぶストーリーは「殺しが静かにやって来る(68)」とは対極に位置するものだ。老ガンマンの夢を実現させていく主人公の持つ優しさ。そして、観る者の思いを裏切らない作品の持つ優しさ。「ミスターノーボディ」は、そうした、心なごむ優しさに満ちている。