「風来坊Ⅱ・ジアウトロー(74)」

CONTINUAVANO A CHIAMARLO TRINITA(伊)「これまでの名はトリニティ」、TRINITY IS STILL MY NAME(英)「これまでの名はトリニティ」劇場未公開、DVD公開題名「風来坊Ⅱ・ジアウトロー」

カテゴリー(Terence  Hill)

監督E・B・クルッチャー、脚本E・B・クルッチャー、撮影アルド・ジョルダーニ、音楽グイド&マウリツィオ・デ・アンジェリス、出演テレンス・ヒル、バッド・スペンサー、ヤンティ・サマー、エンゾ・タラスティオ、フランコ・レッセル、ハリー・ケリー・ジュニア、トニー・ノートン、 エミリオ・デル・ピアーヌ、ジャン・ルイス

大ヒットした「風来坊(70)」の完全な続編。久々に故郷に帰ったトリニティ(テレンス・ヒル)とバンビーノ(バッド・スペンサー)は、「いかさま博打でも、馬泥棒でも、何でもよいから真っ当な悪党になってくれ」という父親(ハリー・ケリー・ジュニア)の願いを受けて、西部の町に悪党修行にやって来る。しかし、強盗を働こうとしても、お人よしの2人組は、貧しい開拓者一家に同情して馬車を修繕してやるばかりか、200ドルを恵んで去っていくという有様。しかし、町に居座っていた悪名高い賭博師ワイルド・カード・ヘンドリックス(トニー・ノートン)一味を追い払ったことから、政府の秘密捜査官と勘違いされてしまう。

そんな彼らに、町の実力者ジェームス・パーカー(エミリオ・デル・ピアーヌ)が近づいてきた。パーカーは、裏で武器密輸の悪事を働いており、そのことに目をつむるよう金とガンで脅しにかかってきたのである。武器密輸の本拠地は町の修道院で、修道僧に化けてパーカー一味は、密輸を繰り返していた。そんなことは、お構いなしのトリニティとバンビーノの兄弟は、面白半分で、一味の金5万ドルを奪い、本物の修道僧と協力した殴り合いの末、一味をやっつけてめでたしめでたしの結末となる。

このラストの対決は、金 の袋をボール代わりに使った大ラグビー大会で、それまでのマカロニウエスタンとは趣を異にした明るくほのぼのとした開放的な戦い。クルッチャー監督の息子がラグビー選手であったことから、監督がこのラストを思いついたという。こうした緩い流れは、前作が造り出した新たなマカロニウエスタンの方向性を継承したものだ。この武器密輸団との話を中核にしながら、そこに頼りない開拓者一家を助けながら、その娘(ヤンティ・サマー)とトリニティが、心を通じ合わせるエピソードやアウトロー兄弟が、高級レストランで食事をするエピソードが彩を添える。特に、レストランでの食事のエピソードでは、フランコ・レッセルが扮するチーフウエイターが兄弟のマナー等最初から無視した豪快な食べっぷりに翻弄される様が爆笑を誘う。

基本的な構成や場面の雰囲気も第1作目と同じ。事実、日本公開時の「風来坊」のパンフレットには、本作品のスチールもさりげなく混ざっていた。このことからわかるように、「風来坊」について語れば本作品について語ることはほとんどなくなってしまう。ただ、作品の質は本作の方がやや劣る。物語の場面があちらこちらに移り、様々なエピソードが積み重ねられるだけで、作品として筋が通っていない印象をうける。前半トリニティとバンビーノ兄弟が政府の捜査官と偽って巻き起こすドタバタと、後半の僧 院を舞台とした活劇が切り離されて全く別の作品のようになってしまっているのだ。

更に前作で見せたトリニティの弱者に対する優しさが希薄になっている点も気になる。開拓者を助ける話はよいが、相手はお尋ね者とはいうものの開幕で食事を恵んでくれたカウボーイ達に対して強盗をはたらいたり、意地悪く互いに殴り合いを強要したりするのはいただけない。2人のアウトロー性を強調する意図があることはわかるのだが、トリニティとバンビーノから優しさを取り去っては彼らの魅力は半減してしまう。この作品はそうした主人公の本質を見失っているようにも感じる。

にもかかわらず、この作品はイタリア映画の全作品の中で、興行収入歴代4位という信じられない記録を打ち立てたのだ。西部劇の定石を無視したギャグはそれなりに笑えるのだが、本作品が、このように大ヒットしたためにその後、マカロニはその本質を見失い、トリニティシリーズの悪い面だけを取り入れた下品な作品が量産されるようになったのであろう。そう考えると本シリーズの大ヒットは、マカロニウエスタンというジャンルにとっては逆に不幸なことだったのかもしれない。