マカロニウェスタン大全 「西部悪人伝」 1970

2021-04-21

EHI AMICO…C’E’SABATA.HAI CHIUSO!(伊)「おいお前、サバタに会えばそれで終わりだ!」、SABATA(英)「サバタ」劇場公開作品

カテゴリー( Lee Van Cleef)

監督フランク・クレイマー(ジャン・フランコ・パロリーニ)、脚本アドリアーノ・ボルゾーニ、撮影フランコ・ビラ、音楽マルチェロ・ジョンビーニ、出演リーバン・クリーフ、ウイリアム・バーガー、ペドロ・サンチェス、フランコ・レッセル、リンダ・ベラス、ジャンニ・リッツォ、ニック・ジョーダン

マカロニウエスタンには、その流れを大きく変えたエポックとしての作品が3本存在すると考えている。1本目は、孤独なヒーローが目的を遂行するまでの執念の軌跡を壮絶、凄惨な描写で描き出すマカロニの原型となった「荒野の用心棒」。2本目は、ボロをまとったやる気のない主人公がついでに人助けをするコメディ路線にマカロニを一気に方向転換させしまった「風来坊」。そして、3本目が本作「西部悪人伝」である。

主人公は、リーバン・クリーフ演じるスーパーガンマンのサバタ。主人公サバタは強い・頭が良い・格好良いと完璧で、どんな相手にも絶対負けない。捕らえられてリンチにあうなどへまなことはやらない。常に相手の思惑を越えたゆとりたっぷりの戦いをする。このスカッとしたさわやかさが、大いにヒットし、同タイプの主人公サルタナ、アレルヤなどのシリーズものへとつながっていったのだ。全編アイデアを凝らしたガンファイトの連続。登場する新兵器も銃身の長さの調節で射程距離が変えられるライフルや、7連発のデリンジャー拳銃など多彩で全く飽きさせない。

西部の町ドハティにふらりと現れた凄腕のガンマン、サバタ(リーバン・クリーフ)は、謎の一味が銀行から奪った10万ドルを一晩のうちに奪回してみせた。強盗を裏で操っていたステンゲ ル男爵(フランコ・レッセル)、オハラ判事(ジャンニ・リッツォ)らは、町に居座るサバタが自分たちの正体を知っていると恐れ、次々と殺し屋を差し向けてくる。しかし、サバタは圧倒的な強さで彼らを寄せ付けない。逆に刺客を倒すたびにサバタは、黒幕達に要求する金額をエスカレートさせていく。しかし、同じく町に居座っている旅のバンジョー弾き(ウイリアム・バーガー)がサバタに対抗できるだけの使い手であることを知った男爵たちは、サバタとバンジョーの対決を画策するのであった。

ストーリーは単純だが、テンポ良く場面が移り変わりスピード感にあふれている。そこに、好敵手のバンジョー、サバタの子分として兵隊くずれのカリンチャ(ペドロ・サンチェス)と軽快な身のこなしのインディオ(ニック・ジョーダン)がからむ。クリーフが「夕陽のガンマン(65)」でおなじみの黒ずくめのあのスタイルで様々な新兵器を巧みに操る格好良さは、さすがだ。さらにサバタを魅力的にしているのが、これまでのマカロニウエスタンではあまり見ることのできなかった敵に対しても情けをかけるヒューマンな個性。谷に封じ込めた敵の一群を爆死させようと相棒のカリンチャが投げたダイナマイトを空中で狙い撃ち爆破させる。さらっと一言「発破は大事に使え。」すでに戦力とはならない相手に対して無駄な殺しはしないスマートさ。油断ならぬ敵のバンジョーですらも、結局は命を救い、多少の意地悪さを見せながらも分け前を与えて去っていく。主人公がゆとりたっぷりだからこそ味わえる007を観るような楽しみもあるのだということを示してくれたことは、まさに記念碑的作品だ。

しかし、マカロニおけるリンチの場面はただ残酷な見せ場を作るためだけにあるのではない。主人公がぎりぎりの限界で戦い抜く姿を描くことがマカロニの魅力の基本にあるため、主人公がぼろぼろになるまで叩きのめされることはマカロニの大切な要素のひとつなのである。クリーフのそれまでの主演作は若い共演者とコンビを組むことによってこの「必死」「命懸け」「泥まみれ」の部分を相手役に任せ、クリーフ自身はもっぱら、相手役を助けたり対立したりする立場で彼の個性を生かしてきた。

しかし、クリーフの個性を生かしきり主役級の共演者なしで主演することにより、マカロニウエスタンの本質的な魅力である執念や必死さの部分を排除してしまったのがこの作品だといえる。このような作品が生まれ、面白い作品に仕上がったためにマカロニウエスタンは進むべき方向を見失い急速に衰えていったのかもしれない。