「ケオマ・ザリベンジャー(76)」

KEOMA IL VENDICATORE(伊)「復讐者ケオマ」、KEOMA(英)「ケオマ」、劇場未公開、TV公開題名「帰って来たさすらいのガンマンケオマ」、DVD公開題名「ケオマ・ザリベンジャー」

カテゴリー( Franco Nero)

監督エンツィオ・G・カスティラーリ、脚本ルイジ・モンティフィオリ、撮影アイアス・パロリーニ、音楽グイド&マウリツィオ・デ・アンジェリス、出演フランコ・ネロ、ウイリアム・バーガー、ウッディ・ストロード、ドナルド・オブライエン、オルガ・カルラトス、オルソ・マリア・グエリーニ、ガブリエラ・ジャコビ、アントニオ・マルシーナ

本作品でフランコ・ネロが演じる主人公はインディアンの孤児という設定。真っ青な瞳に茶色の髪のネロがインディアンというのも奇異な感じがするが、それは全く気にならないほどの激しいアクション、宿命を背負った悲壮感あふれる主人公、そして目まぐるしく変化するストーリーと、劇場未公開ながら、カスティラーリ監督が演出の冴えを見せたマカロニウエスタンの傑作の一つ。

幼い日、部族を皆殺しにされ、ただ一人生き残ったケオマ(フランコ・ネロ)は拳銃の名手シャノン(ウイリアム・バーガー)に救われる。シャノンの子供として育てられることになったケオマだったが、シャノンの実の息子である3兄弟ブッチ、サム、レイニー(オルソ・マリア・グエリーニ、ジョシュア・シンクレア、アントニオ・マルシーナ)はケオマにことごとく辛くあたるのだった。やがて成長したケオマは南北戦争に出征し、戦争終結とともに故郷の町へ帰ってくる。物語が始まるのはここから。ケオマのおいたちは、現在の出来事と過去の出来事が同じ画面に重なる独特の手法で表現される。故郷の牧場に立つケオマの横を4人の子供たちが走り抜けていく。その中のインディアンとおぼしき子供を他の3人がいじめる様子をケオマが悲しい目で見つめているというような、画面の作りはマカロニとして は斬新なものだった。

故郷の町では、伝染病が流行り、患者たちはコールドウェル(ドナルド・オブライエン)というボスが率いるギャング団によって町はずれに強制的に監禁されていた。たまたま、そこを逃げてきた妊婦リザ(オルガ・カルラトス)をケオマが救ったことから、ケオマは町の住人やコールドウェルの一味と対立することになる。ここまでの展開は「続・荒野の用心棒(66)」にそっくり。新しい工夫が凝らされる中で、マカロニの王道が貫かれているところがうれしい。コールドウェルの配下には、3兄弟も属しており、息子に失望したシャノンと昔の使用人だった黒人のジョージ(ウッディ・ストロード)の協力を得てケオマは伝染病の薬を町に運び込むことに成功する。

ケオマの存在に業を煮やしたコールドウェルは、大勢の手下を率いて町に乗り込んでくる。ショットガン、ライフルで武装して一味を迎え討つケオマ。マカロニウエスタンになくてはならない、戦う男の悲壮感が最高潮に達する瞬間だ。ここの描写もまた「さすらいのガンマン(67)」そっくり。カスティラーリ監督のめざす世界はまさしくあの壮絶なコルブッチワールドだ。シャノン老やジョージの助けを得て、ケオマは地を駆け、宙を舞いながら群がる敵を次々に倒していく。優勢に戦いを展開していたケオマだったが、ジョージが倒され、シャノンを人質に取られたことにより、やむなくコールドウェルの軍門に下る。武器を捨てたケオマを前にして育ての親であるシャノンを無惨に射殺するコールドウェル。絶叫しながらコールドウェルに跳びかかるケオマは手下たちに取り押さえられ凄まじいリンチを受ける。

ケオマの運命もこれまでと思われたところで、物語は思いがけない展開を見せる。コールドウェルの片腕としての立場を固めていたシャノン3兄弟が実の父を殺されたことにより、コールドウェルに反旗を翻したのである。3兄弟はコールドウェルと腹心の部下たちを殺すと一味を乗っ取ってしまう。しかし、ケオマの立場は変わらない。町をただ一人で守ろうとしたケオマは町の人々からも見捨てられ、町の広場でさらし者にされる。彼を救ったのは身重の体をおして町に戻ってきたリザであった。降りしきる雨の中、町を離れるケオマとリザ。やがてリザの陣痛が激しくなり、宿敵3兄弟との宿命の対決が迫る。

朽ち果てた廃屋を舞台に繰り広げられる死闘、ケオマは3兄弟を倒すがリザは出産に耐えきれず息を引き取る。生き残った赤ん坊を、彼に影のようにつきまとっていた老婆に預けると「その子は死なないなぜなら自由だからだ。」と言い残して再びさすらいの旅に立つ。まさにコルブッチ調の壮絶な画面にネロの凄みのある個性がピタリとはまって、見事な作品に仕上がった。また、この脚本を書き下ろしたのは、俳優のルイジ・モンティフィオリ(ジョージ・イーストマン)であったが、カスティラーリ監督と意見が衝突し、監督は元ライターでもあるサム役のジョシュア・シンクレアと打ち合わせを重ねながら、撮影と同時進行で脚本を創り上げていったというエピソードが残されている。