「夕陽のガンマン(65)」

PER QUALCHE DOLLARO IN PIU(伊)「より多くのドルのために」、FOR A FEW DOLLARS MORE(英)「より多くのドルのために」劇場公開作品

カテゴリー(Clint Eastwood)

監督セルジオ・レオーネ、脚本ルチアーノ・ビンセンツォーニ、セルジオ・レオーネ、撮影マッシモ・ダッラマーノ、音楽エンニオ・モリコーネ、主演クリント・イーストウッド、リーバン・クリーフ、ジャン・マリア・ボロンテ、ルイジ・ピステーリ、クラウス・キンスキー、マリオ・ブレガ、ベニト・ステファネリ、アントニオ・モリノ・ロホ、アルド・サムブレル、ピーター・リー・ローレンス

セルジオ・レオーネ監督が、「荒野の用心棒(64)」でマカロニウエスタンの何たるかを示した後に、マカロニウエスタンの真価を世界に知らしめたマカロニ史上最高傑作。コルブッチ監督「続・荒野の用心棒(66)」が、マカロニウエスタンの陰を代表する傑作ならば、本作は陽の部分を代表する作品だといえる。主演クリント・イーストウッドのスタイルや性格設定は「荒野の用心棒」を踏襲し、賞金稼ぎという役割を演じている。この作品が「荒野の用心棒」の2番煎じに終わるのではなく、更に多くのファンを魅了したのは、イーストウッド、クリーフ、ボロンテという三人の主人公の格好良さと圧倒的な量のガンプレイはいうに及ばず、ストーリー展開の面白さに負うところが大きい。

モンコの異名で呼ばれる名無しの男(クリント・イーストウッド)とダグラス・モーティマー大佐(リーバン・クリーフ)という二人の賞金稼ぎは、凶悪な脱獄犯インディオ(ジャン・マリア・ボロンテ)を共通の獲物として追っていた。インディオ一味がエルパソの銀行を襲うことを計画していることを掴んだ二人は、一時は対立するものの、互いに協力することが得策とみて、モンコが、インディオ一味に潜り込み内と外から壊滅させる計画を立てる。しかし、ここではインディオから裏をかかれ、金庫を奪い去られてしまう。互いに信じることができないまま、一味を追う二人の賞金稼ぎだったが、インディオを追い詰めていく過程で、男の友情が芽生え、ついに、ラストの決闘でモーティマー大佐の真の目的が、明らかにされていく。それぞれの思惑といくつかの伏線をからめながら徐々に真相が明らかにされていく物語の組み立ては見事だ。

さらに、マカロニ最大の魅力といえる登場人物の格好良さの描写は、数ある名作マカロニの追従を許さないほど。これは、名カメラマン、マッシモ・ダッラマーノの手腕によるところが大きいだろう。開幕早々から凄まじい腕の冴えを見せるモーティマー大佐と名無しの2人。これからすると当然この2人の対決かと予想されるが、両者の対決は前半相手の靴を踏みあったり、帽子を狙い撃ったりする腕見せの場面だけ。対決の期待とは違って2人は手を組み、男の友情を結ぶという方向で話は展開する。この両雄が狙う相手が「荒野の用心棒」に続いて再び登場したジャン・マリア・ボロンテ扮するインディオ。イーストウッドとクリーフの2人が相手ではボロンテもいささか荷が重かろうという印象を与えもするが、ボロンテの配下には後のマカロニウエスタン作品で主役を食ってしまう悪玉を演じて凄みを見せつけたクラウス・キンスキー、アルド・サムブレル、ルイジ・ピステーリ、マリオ・ブレガ、アントニオ・モリノ・ロホらの凶暴な連中がずらりと顔を揃え、さしずめマカロニ親分大連合の様相である。

2人の賞金稼ぎとインディオ一味が様々な知恵比べをするところがこの「夕 陽のガンマン」の魅力の一つ。インディオの仲間に潜入した名無しは偽の電報を打って警備陣を他の町へ追い出し、モーティマーと共に銀行を狙うインディオを正面で待ち伏せる。ところがここではインディオが上手で一味は金庫が収められている奥の壁を外側から爆破して金庫を持ち去ってしまうのである。牢獄で銀行の設計に携わった大工とインディオが同じ牢につながれていたという伏線が生きた、あっと驚かされる場面である。さらに後を追う2人が仲間割れをして、名無しが1人で追うとだだをこねるシーンが面白い。いきなり拳銃を抜いたモーティマー大佐は名無しめがけて発砲する。観る側は一瞬ドキリとさせられる。その後の「また奴らの中に戻るのなら傷の一つもつけていけ。疑われるぞ。」という気の利いた大佐のせりふがうれしい。こうした細かいところに気を配る演出は、さすがにレオーネと感心させられる。

こうした見せ場を積み重ね、もうひとつ観客を驚かせるのがインディオの裏切りの場面である。インディオの真のねらいは銀行から強奪した金を持って腹心の部下チコ(マリオ・ブレガ)と、逃走することにあった。名無し、モーティマーの2人の賞金稼ぎも邪魔な部下たちを片付けてもらうための手駒だったのである。この設定には予測不能だった。腹心のチコとインディオの特別な結び付きは、前半でチコが眠っているインディオにそっと上着をかけてやるシーンで伏線として暗示されている心憎さ。まさに、この「夕陽のガンマン」は格好良さと迫力とストーリーの面白さ全てが融合されたマカロニウエスタンということができる。

しかし、コルブッチの描く暗く陰鬱なマカロニの陰の魅力はやや薄くなる。名無しとモーティマー大佐はインディオ一味に捕らえられたり、ラストの対決前に銃を跳ね飛ばされたりと危機的状況に陥りはするが、全体的にゆとりをもって戦っている印象がある。特にイーストウッドにこの傾向が強い。クリント・イーストウッドがゆとりのある動きを見せて「荒野の用心棒」のときのような切れ味は、いまひとつだったのに比べ、がぜん目立っていたのがモーティマー大佐のリーバン・クリーフである。もともとハリウッドの俳優で、「真昼の決闘(52)」「OK牧場の決闘(57)」「リバティ・バランスを撃った男(62)」などの米西部劇で下っ端の悪役を演じていたが、この作品で長い下積みを経験したクリーフの個性は大きく開花した。黒のスタイルに皮のブーツ、鋭くとがった鼻の下の口ひげに鋭い眼光はまさにマカロニウエスタンのガンマン。さらに、刀を抜くように左の腰に吊るした拳銃を右手でクロスドロウする独特のスタイルもこの後のマカロニウエスタンでクリーフならではのスタイルとなった。ラストの対決もイーストウッドがからむのではなくモーティマー対インディオの1対1の対決となる。この最後の決闘シーンはエンニオ・モリコーネ作曲のトランペット曲「ガンマンの祈り」が鳴り響きすごい盛り上がりを見せた。最後の対決でインディオを倒したモーティマー大佐は賞金のすべてを、名無しに託して1人夕陽のかなたへ去っていくのである。「夕陽のガンマン」という邦題はクリーフのためにあったといえるようだ。

これは、名無しの目的は金のためであるのに比べてモーティマー大佐は妹夫婦の仇討ちがその真のねらいであり、目的遂行のための執念においてモーティマーの方が勝っていたからだということができる。目的をもちその遂行に執念を燃やす男が格好良いというマカロニウエスタンの本質はこの作品でも証明されているのだ。マカロニウエスタンを見たことがないという人は、まず本作品か「怒りの荒野67)」から入ることがお薦め。ただ、この2作品を観てしまうと、その後の作品選択が少し難しくなるのが難点でもある。